トータルビジュアル®プロデューサーMANAMIさん

 

PROFILE

名前 MANAMI
出身地  北海道札幌市
経歴 中学在籍中モデルとしてスカウトされ、海外でのコレクションモデルとしてキャリアをスタート。

高校卒業後台湾に渡りモデル業に専念して、自分の生活費を稼ぎながら10年間を過ごす。

27歳でモデルを一旦引退、メイクアップアーティストに転身。

30歳で帰国。台湾人の元旦那さんと国際結婚ののち離婚。

36歳で13歳年下の現在の旦那さんと再婚。

趣味 旦那さんとテニス、パチスロ
好きな食べ物 焼肉・チョコ・味のついてる飲み物・マックのポテト
現在 トータルビジュアル®プロデューサー

一般社団法人日本トータルビジュアル®ブランディング協会理事

芸能事務所CEO

中央大学法学部在籍中

 

良いものは良い。悪いものは悪い。物事の本質を見抜き、フェアな目線で常に物事をみているMANAMIさん。

自分の足で自分の道を切り開いてきたMANAMIさんは強く、たくましく、まさに「美しい女性」として自分の人生をしっかりと歩んでいます。

そんなMANAMIさんを独占インタビューさせていただきました。ご覧ください。

自分の人生は自分で責任をもつこと。

(写真:幼少時のMANAMIさん)

幼いころから、2人の弟と献身的なお母さん、教育熱心でつねに「自分の好きなことは好きなだけしていい。ただ、自分の将来は自分で責任をもちなさい。」というお父さんの教えのもと、育ちました。

お父さんの教えの影響もあり、自分の好きなことでしっかり稼いで自分で生きていく術が身体に染みついていたというMANAMIさん。

中学二年生のとき、すでに身長が170cmを超えていたMANAMIさんは芸能事務所にスカウトされ、芸能界デビューを果たしました。

幼いころから、漠然と弁護士になることを夢みていたそうですが、当時の芸能活動が楽しく、商業高校卒業後は18歳という若い年齢にしていきなり台湾へ渡り、モデルの仕事をこなす毎日を過ごされたそうです。

18歳で親元を離れ、生きる資金もすべて自分で働いて稼ぎ、生活する…。

相当な覚悟と決心がないとなかなかたどり着かない選択だったと想像します。

さらに、当時の台湾は後進国。先進国の日本人として生まれたMANAMIさんは、周囲からなぜわざわざ後進国に行くのか、とよく言われていたそうです。

台湾でのモデル業10年。

(写真:モデルMANAMIさんの作品)

周りの反対をおしきって、台湾へ渡り、モデルとして活躍するようになりました。当時は、「日本人」そのものにブランドがあり、日本人としての美しさを活かして仕事をしていたと言います。

そこにしかハマれない、自分だけの枠があった。

歴史的にみると親日派な国民性の中、熱烈な歓迎を受け仕事が絶えなかったそうです。

人気絶頂モデルとして活躍する反面、心の奥底で感じ始めていた台湾人のスペックの高さとのギャップ。台湾人モデルは、モデル業だけでなく、歌も歌えるし、ダンスも踊れる。キャスターやレポーター関係の仕事もでき、マルチに活躍している人が多かったそうです。

自分も何かモデル業以外の別の特技を探さないと.。焦る気持ちもあるなか、「これだ。」というものを見つけました。

他人の美をサポートする。

(写真:メイクアップアーティストとして活躍するMANAMIさん)

「これだ。」というもの、それは「誰かの美をサポートする仕事」でした。

もともとコスメが好きで、楽屋にあるコスメが常に気になっていたMANAMIさん。メイクの仕方を研究するため、台湾でメイクアップスクールに通い始めました。あるとき、モデルの友達の顔にメイクをした際、「MANAMIのメイクはTPOに合っていて、すごくいい!」と大好評。口コミでMANAMIさんのメイクの腕が伝わり、モデル業の傍ら、中華系芸能人のPVやスチールのメイクを手がけるようになりました。

最高の瞬間をつくるのが好きなんです。

日本人のセンスを活かし日本風メイクの啓蒙をしながらも、本人に似合わせることをポリシーとして裏方としてのメイクのキャリアを積んで行きました。

国際結婚、帰国、そして、離婚。

日本に一時帰国したときに、留学生として来日していた台湾人の前夫と出会い、結婚。

当時の結婚の条件として、「男女ともに稼ぎがあって自立すること」だったそうです。

メイクアップアーティストとしてのキャリアを積むため、元旦那さんが「絶対売れること」を条件とし、スクールの費用を出してくれたそう。

スクールに通いつつモデル業をしていた10年間の台湾での生活を経て、30歳のときに帰国し、日本でのキャリアをゼロからスタートさせました。日本に移住し、仕事もプライベートも手に入れましたが、「絶対売れる」という条件の為に家を空ける時間が多くなり、もう少し一緒に過ごしてほしいという願う元旦那さんとたびたび喧嘩に。仕事や家庭でのストレスを他で発散しては帰宅という悪循環に陥り、離婚。

別れたあとは生活に必死。フリーランスとして無名の状態、メイク事務所にも年齢的に入れず、帰国したてでコネクションも全くない状態からSNSで日給3000円という仕事なども受けるほど、仕事を選ばなかったそうです。

13歳年下の理想の旦那さんとの出会い。

(写真:旦那さんとのツーショット)

離婚し、プロのメイクアップアーティストとして、自分の足を使って営業に行き、美容家としてのノウハウを深めていきました。努力の甲斐もあり、徐々にテレビ出演オファーや雑誌コラム執筆オファーが増えてきたと言います。

台湾と日本の「美の基準」が全く異なり、日本では「綺麗」よりも「可愛い」寄りに作ったほうが売れる事実とのジレンマを抱きながらも自分でやりたいこと、できること、求められていることを見極め、とうとうメイク本の出版も果たした中、ライブハウスで現在の旦那さんに一目惚れされ、猛アタックを受けた後結婚。

出会った当時、美容師の夢を追いかけていた旦那さん。「ヘアメイク、ファッション、ウォーキングなど、本人の持つ見た目の素質やバックグラウンドと目指す肩書、持っている肩書にふさわしくなるよう、見た目すべてを整える」という仕事をしているトータルビジュアル®プロデューサーであるMANAMIさんの献身的なアドバイスもあり、今となっては都内の一等地のプライベートサロンでヘアスタイリストとしてご活躍されているそうです。

自分の好きなことを追うありのままの私を受け入れてくれる旦那さんと出会った。

ありのままの自分を受け入れてくれる素敵な旦那さんと二人三脚でそれぞれの夢を一緒に追う。誰もが切に願うような関係性を築き上げたのでした。

プロの美容家としてマルチに活躍する現在。

(写真:大学でジェンダーの講演をするMANAMIさん)

そんな過去を経て現在は何をされているのか。

人の外見や内面をサポートする「トータルビジュアルプロデューサー」として政界の方々や芸能人、企業家をメインとして教えられている傍ら、社団法人の責任者であり、中央大学法学部生として在籍し法律を学び、美をサポートする芸能事務所の運営、大学でジェンダーの講演をする。マルチにご活躍されています。

自分で学習し、その知識を人に伝える。伝道師のような役割。

私の知見でその人を「教育」できたら、幸せです。

25歳ですでにモデル業10年を迎えても、自分になかなか自信をもてなかったというMANAMIさん。そんなご自身の経験もあり、誰かが何かを始めようとするモチベーションを高めることが得意で、強みを瞬時に見抜き、「君は、すごいよ。できるよ。」と背中を押してきたと言います。

だれかの背中を押して、その人が人生のスタートをきれる喜び。

常にだれかの背中を押し、日々世に輝く人材を輩出されていきました。これからも世に自信をもった輝く人材を教育し、輩出していきたいと言います。

 

本質的な美を「追えない」日本のミスコンの現状。

(写真:リハーサル中のMANAMIさん)

経営する芸能事務所に所属するモデルには日本のミスコンに挑戦する子もいらっしゃるそうです。

コンテスタントを育てる中で「じゃあMANAMIさんは芸名や今の肩書無しでも選ばれるの?」という問がくるのでは、と来るべき時に備え、ご自身もミセスのコンテストに出場され、見事入賞されました。

自身の経験と教え子がミスコンに参加する姿から感じたミスコンの現状。

それは、「本質的な美を追えないミスコン」でした。ミスコンで優勝できたとしても、1年間の任期を全うして終わり。世界と比べると日本での「ミスコン」の立場は地位として低く、日本代表のタイトル自体も価値が低い現状。

優勝できても一年後は飲食店でバイトをしながら暮らしてる。頑張るミスたちはたくさん存在します。

そんな現状を知りながらも、今なおミスコンに挑戦するミスたちは多くいることは事実。そんなミスたちはただ「目立ちたいから。」「自分に自信があって可愛い子ぶりたいから。」そんなモチベーションで参加する子は多くはないと言います。

ミスコンは、自分の想いを声にしてあげるために、

その声を大きくするためのひとつの通過点にしか過ぎない。

社会に対して「ここおかしくないか。」と本気で思い、悩みながら本気で社会を変えたいからミスコンに参加して発言力を強くする。ミスコンとはそういうものだと言います。

本当に「美しい女性」とは。

インタビューの最後に「本当に美しい女性」とはどういう女性ですか、と伺いました。

定型文で話をしない人。

と、答えてくださいました。

「もちろん、外見的な美しさもあるけど、一番大事なのは話の内容だと思います。自分自身のいいところ、だめなところをオープンに自分の言葉で語る人の話は聞き手をそそるし、心に残ります。そんな人はよくミスコンでも優勝すると思うし、すごく美しいと思います。」

感じたすべての感情を自ら受け止め、理解し、ウソをつかずに真正面から向かい合ってみる強さを持てれば、自分のやりたいことや目指したい姿が見つかってくる。

ひとりの人間として、自分は何のために生きているのか、掘り下げてみること。そして、他人から褒められたことはしっかりと覚えておくこと。

そうすることによって、夢や目標が明確になり、自然と自信も沸いてきてなりたい自分に近づけるとMANAMIさんは言います。

(写真:2017年初めでのツーショット)

自分の成し遂げたい人物になるため、自分と他人にウソをつかずに夢に向かって努力を惜しまず、プロの美容家としてご活躍されいてます。お話を伺うなかで、ぶれない芯の強さを節々に感じました。

信念をもち、社会や人のためにご活躍されていて、まさに本質的な「美」をもった美しい女性です。

これからのご活躍から目が離せません。貴重なお時間、ありがとうございました。

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