フィリピン人のお母さんと日本人のお父さんのもと、フィリピンで生まれ日本で育った園田悠希さん(24歳)。光る黒髪が麗しく、眼差しは力強くも目の奥は優しい心をもっている悠希さんの過去、現在、そして壮大な夢をもつ将来についてインタビューさせていただきました。ご覧ください。

自分のアイデンティティを探る幼少期


フィリピン生まれで幼少期はフィリピンで育ち、小学生のときに日本へ渡った悠希さん。
当時、フィリピンは今よりも断然治安が悪く、悠希さんが育った地区では物乞いをして必死に生きるストリートチルドレンなども多くいたそうです。
そんな環境下で育ち、日本へ渡り、まずは言葉の壁に当たったといいます。
通っていた小学校では、「外国人」扱いをされ、毎日とても辛い想いをしたそうです。
そんな最中、自分自身はフィリピン人なのか、日本人なのか、アイデンティティはどこにあるのか、常に自問自答していた毎日を繰り返されたといいます。

ビューティークイーンとの出会い

幼少期は毎日つらい想いをしながら学校に通いつつ、常に目指していた目標がありました。その目標は、将来は「ビューティークイーン」になることだったそうです。

フィリピンでは、「ミスコン大国」と称されるほどミスコンが社会的にも貴重と捉えられています。その背景として、貧富の差が激しい国にとって、ミスコンという舞台は日本でいう「宝くじ」のようなもの。自分が努力すればするほど美しくなり優勝すれば一獲千金。一般女性が雲の上の存在になれる過程にロマンを感じる人が多いそうです。
母国のフィリピンで放映されるミスコン大会の様子を毎回家族とチェックした、と悠希さんは言います。

自分のアイデンティティを探索しながらも、常に自分がどうありたいのかを考え続け、日本が大好きなことや将来的に可能性のある国でビューティークイーンを目指して自分も挑戦してみたい、という気持ちがあり日本で初めてミスコンに挑戦されました。


そのミスコンは「ミスフィリピンジャパン」という日本に住むフィリピン系美女のためのミスコンでした。
右も左もわからないなか、表現することが得意な悠希さんは憧れのビューティークイーンの動画を何度も見たり、ミスコンが大好きな叔父と一緒に魅せ方を研究したりと、試行錯誤された結果3rd runnner-upとして見事入賞されました。

その後は、世界5大ミスコンの「ミスワールドジャパン2015」に出場。ファイナリストとしてご活動されました。

フィリピンと日本のミスコンのギャップ

ミスワールドジャパンに参加後、思い描いていたミスコンの現状と大きく違うことを実感し、苦しんだと言います。

フィリピンでは、ミスコン主催者が本質的な美を熟知し、真のプロフェッショナルとして活躍されている人がミスコンを運営しているケースが多い現状に対し、日本では美とは全く関係ない、ただ経済力がある人がスポンサーとしてついて主催しているケースがほとんど。

そのため、日本ではファイナリストたちが本質的な美を純粋に終える環境が整備されていないことが多く、スポンサーの「お金稼ぎ」の要員として活用されてしまう現状があります。そうなってしまうのも日本でのミスコンの社会的立ち位置が低いことが起因しています。

ミスワールド大会を通して、現状を知り、このままフィリピンへ戻るか、それとも日本でもう一度挑戦していみるか迷っていたころ、ご縁あって「ミススプラナショナルジャパン」への挑戦が決まりました。


悠希さんが挑んだ年のミススプラナショナル日本大会はファイナリストがみんなフレンドリーで楽しみながらファイナリストとして活動できたといいます。

最高の環境で自分自身を表現した結果、準優勝を獲得。悠希さんにとってビューティークイーンになる夢に一歩近づけた経験となりました。同時に、大会を通し、「真のビューティークイーンになるためには」を考え続けた日々。結果、外見の美を追求することはもちろん、最強の知性をつけて内面からオーラ溢れる女性へと成長するために大会後は在籍している立教大学法学部でひたすら授業を受け、マナーや丁寧な話し方を学ぶ為、大学と同時進行でエアラインスクールへも通っておりました。

世界大会で活躍

ミススプラナショナルで準優勝を獲得後、外見と内面を同時に成長させるために日々努力していた悠希さんのもとに世界大会への切符が届きました。

「ミスアジアパシフィック」という世界大会に日本代表として出場することが決定したのです。開催地は母国フィリピン。タガログ語も堪能な悠希さんは現地のトレーニングでもスタッフと親しく、世界各国から集うファイナリストとも会話を弾ませながら楽しめた、といいます。

現地のスタッフさんと和気藹々としながら挑んだ世界の舞台では、見事top10に入賞、悠希さんのイブニングガウンがなくなるというハプニングがありながらもその朗らかな性格で周囲の助けを借りながらなんとか日本代表としての舞台を終えることができました。この大会を経て自分自身は本当に貪欲に「ビューティークイーン」を目指したい気持ちがあることに気づいたそうです。

ビューティークイーンとして母国、そして世界を救いたい

帰国後、ビューティークイーンになる夢を持ちながら、自分自身の将来についてよく考えるようになったという悠希さん。将来は、自分自身の生まれ育ったフィリピンの社会支援に携わりながら、ビューティークイーンとして任務を遂行したいと言います。
日本で「真のビューティークイーン」になるためにはどうしたらいいのか。
本当の意味での「美しさ」とは何なのか。
それは、外見はもちろん、内面としても知的で「最強」にならないといけないと思うんです、と語ってくれました。
「最強」の美しさを手に入れるために、今日も悠希さんは努力を重ねています。

最後に、インタビューを通し、自分の夢に向かってこんなにも貪欲に純粋に夢を追っている悠希さん自身が純粋に美しく、無謀と言えるチャレンジを成し遂げられるのではないか、と期待しています!
友人として尊敬できる素敵な女性です。
いつも応援してるよ!^^

—to be continued.—

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